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映画『夜明け告げるルーのうた』を見逃すな!

湯浅政明監督の新作は、アクロバティックに躍動する画面、豊かな「水」表現、誰もが楽しくなる歌とダンス(思わず足元から体が動き出す!)等々、心も体も鷲掴みにされる傑作アニメーション映画であった!

 「バンドやろうぜ!」「早くこんな街出ていきたい!」― そんな、田舎町に住む中学生の心情がほとばしる青春ものであると同時に、この街でずっと生きてきた人々の思いのつまった家族愛映画でもある。勿論、人魚との出会いという未知との遭遇ものでもある。

 なにより、舞台となるうらびれた漁村「日無町」の描写が素晴らしい。

 まずは、主人公のカイの住む家。朝、カイは母屋で食事をしている。母屋は地域産業の傘を祖父が作る作業場でもあり、表玄関には釣り船の貸出の看板が出ている。カイが住んでいるのは、その向かいの家で、これは玄関をくぐると一階がもう船乗り場となっていて前には海が広がっている。カイの部屋はその二階で、彼はそこで寝て、音楽を作ったり、聴いたり、勉強したりするのだ。

 母屋の裏口からの階段をひょっこひょっこと飛びながらカイが降りてくるのもいい。

 さらに、この部屋はかっては父の部屋だったらしく、父が若かりし時にバンドをやっていた時のカセットテープが出て来るっていう家族のちょっとした「歴史」がさり気なく盛り込まれているのが憎い。

 海を自在に操れるルーは直方体の水の塊ごと、この部屋に侵入してくる。彼女が海に戻って手を降って別れたあと、部屋の畳が濡れていたり、祖父が部屋にあがってきたら、雑誌の類が床のあちこちに置かれて湿っている様をワンショットで示してみせる細やかさと巧みさよ。

 冒頭の中学生三人の登校シーン。車とバスが鉢合わせになって、車がバックしようとするとカメラが上にパンし、高架電車が走っていくのが見える。で、その高架下を歩き続けた中学生の姿が画面の上部に現れてくる。その運動の連続性と縦に空間が広がっていく映像に度肝を抜かれた。

 お陰岩のこちら側と向こう側で町は分断されていて、その複雑な地形そのものも魅惑的だが、ルーが海をあやつって、高く、高く伸びていき、お陰岩の向こうの景色を中学生たちに見せるシーンは、彼らと同じように見るものにも息を飲ませる! 一度もみたことのない夜景、きらきらと光る広い空間。少年たちの鼓動が聞こえてきそうなシーンである。

 さらに、カッパを着て、音楽をかけながら、よちよち散歩する幼児のごときルーが遠くに見える電車の光る窓を捕えるように手のひらをかざしてみるシーン、コンビニの前にはためく旗の向こうを走っていく車の光という実に繊細な風景を切り取る瑞々しさ。この作品には挙げればきりがないほど、魅力的で心惹かれる場面が溢れているのだ。

 中盤からラストにいたる展開は、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』にも通じるポスト3・11作品として読み解くことも可能だろう。とりわけ傘のシーンは忘れがたい。

 また、二人の老人が長年持ち続けいていた憎しみの感情が氷解して行く様がアニメーションならではの表現で描かれる。このあたりは湯浅監督の独壇場といえるだろう。その短い時間に人の生と死が詰まっている。

 日無町はラスト、陽のあたる町へと変貌する。それは主人公カイが心を開くことと重ねられている(そして、陽のあたるところには住めない人魚との別れでもある)。

 本作は封切られてから数週間たっており、映画館によっては一日一回の上映となっているところも多い。是非とも大きなスクリーンで体感してほしい傑作である。