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毎日散歩

本と映画と音楽と、ときどき珈琲

歌うダイアモンド

『歌うダイアモンド マクロイ傑作選』(創元推理文庫)読了。

 

歌うダイアモンド (マクロイ傑作選) (創元推理文庫)

歌うダイアモンド (マクロイ傑作選) (創元推理文庫)

 

 2003年に晶文社から発行され、入手が難しくなっていた、マクロイの自薦短篇集の再刊。その中からいくつか紹介しよう(ネタバレあるかも注意!)。トップに収録されている「東洋趣味」という作品、最近読んだことがあるぞと思ったら、そうそう、米澤穂信によるアンソロジー『世界堂書店』(文春文庫)にも収録されていた。怪奇色豊かなミステリーという点で、実にマクロイらしい作品といえるだろう。しかし、この作品で驚くのは、舞台が清朝支配下の北京で、古い山水の名画が貴重な役割を果たすなど、東洋に関する見識がとても深いことだ。王維という著名な画家が実在するのか、勉強不足なのでよくわからないのだが、仮にこれが架空の画家だとしても、中国美術に精通していなければこういう役割として使うことは出来なかっただろう。美術品がキーになる作品としても記憶しておきたいが、解説を読むと、ヘレン・マクロイは「中国をはじめとする東洋諸国の文芸、美術について並々ならぬ知識を具えていたことは、これまでに邦訳された長編を読んでも明らかだが(実際、マクロイは美術評論を執筆していた時期もある)」とあって、いくつか長編読んでるのに全然気付いていなかったことにちょっとだけ愕然とする(笑)。ともあれ、魅力溢れるエキゾチズムな世界観にひたりながら、しっかり謎解きも味わえる贅沢作だ。

「Q通り十番地」は、夫が寝静まるのを待って、そっと家を出て「抑えることの出来ない欲望」を埋めるために、怪しい街にはいっていく女性の話だが、「恋愛」に関することかと思ったら、実に意表をつく展開で、思わず人ごとではいられなくなる近未来のお話。

「ところかわれば」もジャンルとしてはミステリではなくSF。途中まで、地球人だと思っていた主人公たちが実は火星人で、中盤でそのことが明かされるところでまず感心させられる。火星人は地球に赴き、大いに歓待される。地球人と火星人は見た目も瓜二つで、すぐにでも良好なコミュニケーションが取れそうだったのに、根本的な部分がまったく違っていることがわかる。よくこんなこと考えつくよなぁとその想像力に脱帽してしまう。ちょっとした皮肉も効かせていてさすがだ。途中、火星人が地球人に地球の言葉で心を込めて挨拶するんだけど、これが「よお、ベイビー、調子はどうだい」だったり、「おっす!」だったりして、そのあとに「この挨拶もまずかったようだ」ってさらっと書いてあって爆笑してしまう。ヘレン・マクロイってこんなユーモアたっぷりの作品も書けるのね。

「鏡もて見るごとく」は長編『暗い鏡の中に』の原型になった短編で、これと「歌うダイアモンド」には、精神分析医のベイジル・ウィリング博士が登場する。「歌うダイアモンド」は、ダイヤの九の札の目のような、平たい菱型の物体が時速1500マイルでV字型の編隊を組んで飛んでいるのがアメリカ各地で目撃される、という不可思議な現象で幕を開ける。数字や早さはまちまちだが、みな、物体の形と、飛び去る時の音は共通している。「この件は、つまるところ、SFか、もしくはE・フィリップス・オッペンハイムばりの国際陰謀ミステリーってことですか?」と、登場人物の台詞にある通りの謎が本格ミステリとして結末を迎えるのに、感嘆してしまう。

 本作にはまえがきがついており、ブレット・ハリディが書いている。ヘレン・マクロイとハリディといえばおしどり夫婦として有名(この短篇集が刊行された時には離婚していたそうだが)。ハリディは「風のない場所」について「最後に4つのパラグラフを読んだ時の、喉が締め付けられるような思いを、私は決して忘れることができないだろう。私はただ、みなさんがその同じ四つのパラグラフを読み終え、この本を閉じたあとで、同じような思いを感じていることを願うだけである」と書いている。さすが、作家、うまく表現するよね。勿論、私も、この四つのパラグラフに深く深く吸い込まれてしまった。