映画とご飯

映画と外食。

探偵コーヒーを飲む

ブレット・ハリディ『死の配当』(HPP658)読了。1939年に発表された本書はマイアミの赤毛探偵マイケル・シェーンものの第一作。私立探偵マイケル・シェーンのアパートに富豪令嬢フィリス・ブライトンが訪ねてくる。母の再婚相手が脳卒中で倒れ、静養のためにマイアミに来たのだという。まもなくニューヨークに残っていた母が会いにくる、その母を自分が殺すかもしれないから監視してくれという奇妙な依頼であった。彼女を返したあと、フィリス・ブライトンの主治医と名乗る男がやってくる。フィリスが母親を殺してしまうかもしれないから、そのようなことがないように見はってくれと男は言う。シェーンはブライトン家に出かけるが、既に母親は刺殺されていた。そこには血まみれのガウンを来た娘が立っていた。

なかなかにショッキングな出だしであるが、驚くべきなのは、シェーンがさっさと証拠を隠滅してしまうことだ。彼が犯人でないと直感すれば、依頼主のために不利な証拠を現場から持ちだしてしまう。ここではガウンと凶器のナイフを。その後起こったある人物の自殺の現場では遺書を読んでから部屋の暖炉で燃やしてしまう。ここまでする探偵はあまり記憶にない。

ひどい暴力を受けたシェーンは全編にわたって痛々しい体で、よろめきながら、気力で事件を解決する。もう本当にボロボロの傷だらけの探偵だ。

シェーンはホテル住まいで、クロークの受付に頻繁に物事を頼んだり、支持を出している。探偵事務所というものは持たず、彼の部屋で依頼主の話を聞く。文中ではアパート、ホテル、アパートメント・ホテル、というようにいろんな表記をされているが、要は、調理場のついた長期滞在者用ホテルなのだろう。ホテル側の応対を観る限り安アパートというよりはちゃんとしたホテルという印象。

面白いのはシェーンを家庭的な男と表現していることだ。依頼人の娘に朝食をつくってやるところではパンをオーブンに入れ、ソーセージをフライパンで炒め、片側が焼けたらそれらをひっくり返して、珈琲の準備をする。

粉末コーヒーを茶匙に七杯はかって、サイフォンに入れた。

さらにその間に持ち帰った証拠のナイフを水洗いして他の包丁とともに仕舞い、ガウンの血の洗い流しまでしている。

二枚の皿にソーセージを分けて盛り、棚から気の食器盆をおろして、それにカップやソーサー、銀のフォーク、ナイフと一緒に乗せた。そのほか、コンデンス・ミルクの小さな罐に二つの穴をあけ、砂糖入れと並べて置く。最後にトーストと沸き立っているサイフォンを両側に載せて、釣り合いをとると、その朝食を満載したトレイを、右手の掌で支え、レストランのウェイターよろしく台所を出た。

また、彼の留守中に部屋に入り込んでいた刑事たちを前にして、買ってきた食材(薄く切った肉、チーズ、ロールパン、果物など)でサンドイッチを作り、一人で食べている。

コーヒーとともに、コニャックをはじめ、酒も飲んでいるが、このあたりは寧ろハードボイルド探偵としては普通だろう。後半は、体がぼろぼろなので、主にホテルに食事を注文して部屋に運ばせている。こういう点でもホテルは便利だ。

事件の展開としては、ラファエロの絵画がからんでくる。これで一儲けしようという有象無象が入り乱れ、高価な絵画を持ち込むために、贋作作家のサインを本物のサインの上に重ねて書くというテクニックが紹介されている。ミステリーとしても活劇としても面白い良作。

本日のBGM

No Room for Squares

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